句ニキ 2023年小暑

句ニキとは句日記のこと。してみむとて、するなり。

はやりがちな気持ちがいつも、玄関の鍵を開けるより先に靴を半分ほど脱がせている。

死ぬときは車の中で夏の朝

世の中にはクーラーをつけても暑い部屋もあるんです。そんなときはもう走ったりするしかないんです。涼しさを求めるんでなくて、走ったから暑いんだと納得させてストレス低下を図る狙いです。

鮮やかや仲夏檜の皮剝がれ
緑緑と小径犯せる屋敷林

えー看護師なの? じゃあ静脈注射してよ! っていう人は滅多にいない。

なら私が檸檬の汁を入れてあげる

麦茶を飲む量が目に見えて増えた。

冷房車こぞり持ちこむ湯気ぽうと

一人で飯屋の席をとるのは申し訳ないが、誰かと行くのもだるいというディレンマあります。

裏返る蓮の葉音のあからさま

全てを受け流す至高のなで肩なのでなまなかな雨では濡れない。

目が回るまでに睡蓮あさいらむ

歯医者で歯磨きを褒められる。5000円払う。

のうぜんや昼九つの中華そば

新聞を読んでいておやと思い調べてみたら、マヨネーズのキユーピーのユは小さくないのが正しい表記なのだという。なによ。いいね。

夏の日のご飯がなくてどうするよ

フェス始まんのかって湿度。井の頭線の名前が仮にインノケンティウス3世に由来しているとするならきっと住んでいたのは東松原。

青楓泡立つごとし影もなほ
日よく透くる赤や風鈴仏桑花

体重計を買った。ひと月で5キロやせていた。

夕暮で街がひたひた草いきれ
横たはりたきかに太藺長うあり

他人には一切話さないことができてから、暮らしが少しずつ快くなったような気がする。

夕方の夕菅にしてあるところ

句ニキ 2023年夏至

句ニキとは句日記のこと。してみむとて、するなり。

みこちらくがきの中にある小痴楽。

水盤のそばにころがる螺子ふたつ
すごく鳴る草笛でこうふんするわ

ゆで卵はみなさん何でいかれていますか。私は拳でいっています。

恋人曰く六月われわれ幸運と

土曜は少し多めに歩く日。歩けば遠くへ行ける。

出てきて二人同じラクサが夏ですまる

不調気味。考え事が捗らない。

夢にさへ昨日見し花のあぢさゐのみ

雨上がりの日。チームで犬の散歩をする者らは、ぬかるんだ泥で犬の肉球が汚れないために人は道の端、犬は真ん中を歩くように並ぶ。すると必然すれ違うときは犬の群れを分けていくことになる。犬は波うつ。

かたばみの閉ぢたるとても愛すめり

小田原で吟行。水が豊富。

捩花の次なる花をねぢあげぬ
藻の花の震へどほしのひとつあり

夏はそば。そう思う。

余怒こめて夏大根は疾くおろせ

カラスの多い日。

焦螟の閨にぎはへる天気かな
自らを吞むも物かは夏の川

死んでもいいから軽に乗りたい。

打ちたるは朱夏追善のスネアひとつ

案外晴れつづき。

はつはつと茂みある三面護岸
驚きのかなへびが出て木に戻る

数学を専ら勉強してい(なかっ)た若いころは数学なんて生活の役に立たないと言われることもあったが、実際のところ日々の暮らしの中で数学の知識を欲する機会は多い。具体的に最近でもティッシュペーパーできれいな円錐を作る折り方が知りたかったり、いくつかのサイコロを使って見た目に明らかな1/365を出す組み合わせが知りたかったりした。

東京や夏至も夜更けのバスタオル

朝から雨を待つ。

神水の密かなること手に享くる

句ニキ 2023年芒種

句ニキとは句日記のこと。してみむとて、するなり。

はげしい晴れ。今日はホッケの身離れが悪い日だった。

よく眠りたまさか歌ひ茶のころに
野茨の潰ゆるは火の散れるごと

とにかく日焼け止めをな、歯磨き粉の隣に置くのは本当に良くない、私から言えることは以上だ。

石鏡かはせみがきて昼がきて
あかあかと武蔵が麦の吹かれけり

カップ焼きそばが焼いていないと言うならば、おしぼりだって絞っていない。

透明な傘で莕菜のほとりまで

過去の人気作がスピンオフでアフターストーリーを描き続けるせいで、本当の人気者だけは大人にならないでいられる、という観念が強化されていく。

夏の月楠の影のびちぢみ

夜も明るい。他人の身なりを褒めたいと思っても、そういうのって軽率にしづらくて難しいね。

サングラス鱒を焼くのは俺がやる
オフの日のサングラスあり塵被り

神奈川の女学生はいつも何か食っている。

コーヒーとサングラスいい波が来る
パラソルにモノキニでサングラスかな
走る子のための小さなサングラス

弱い風。かちくポケモン、ウマイアブラ。

食思ありわづか許りの涼しさに

真面目な靴を買った。足の計測してもらったら「ご自分では気づかれないでしょうけど、あなたの足は歩くとすごく疲れる形です」と衝撃的なことを言われた。歩き手としての自負が脆く崩れた。

月末が夾竹桃がまた人が

晴れてよかった。小さなわさびを植えてきた。

屈まれば山葵の花に水押し寄せ
道連や毟る石菖嗅がせ呉れ

とてっぽうもない雨。

通話いつも努力むなしくよく茂る

山手線で座っていると停車駅で老婦人が乗ってきて、端の人が席を譲った。一と駅進むと老婦人Bが乗ってき、端から二番目の人が席を譲った。自分はイヤホンを外した。次の駅に着くと乗ってきた老婦人Cに声をかけた。気づかいの輪。

六月と考へてゐるゆで卵

列島を雲が貫いている日。覚醒の先には必ず眠りがある。

大水のあとなる凪の三柏
ひと雨をあけて雲浮く芒種かな

その冬

その冬 50句

冬がまたくる記念写真一葉に
丘と芝共色に枯れ遊園地
起臥や木の葉吸ひこむ川の波
ひと粒の石英かつぐ霜柱
けふまたも氷柱を払ふたなごころ
電燈の笠欠けてゐる雪ふる夜
おはやうの冬のトーストチーズ載せ
南天の実をや暦の上におく
凍るとは見えねど裏窓の然あり
お別れとして綿虫は思ひ出され
去りぎはに冬の森あり正午も過ぎ
吾がつくる靴の尸冬の雨
あまたたび胸乳まさぐる寒さあり
たふれたる枯蘆のうへこゑとほる
をしどりのをのふれあふをいくたびか
雪折の庭木ともども私あり
釣られ魚総身に雪を覚えたり
大寒の月の爪先見え初めぬ
あれにあるものは兎のあしあとか
横たはる鴨の青頸ふと紫
忙殺の二月は梅を零すなり
車中二時間探梅のこころ持つ
砂漠の寒星同接二百寝なければ
占ひで魚座いい日な雪だるま
鳥のうちの烏と育ち春隣
春を待つそのことにのみ色を用ゐ
ふきのたう雪の奥処に流れあり
むきだしの枝が花待つ桜かな
蝶這はす眠るともなく眠る指に
登下校春風はどの山からも
鳥さまざま耕すあとをついてくる
釜を待てる若布の籠の色ばらばら
がやがやと蚕太らす月日かな
雲をふちどる春雷の鳴りがくる
天狗岩あり石菖のかたまりをり
水芭蕉水は五彩を抛げかへし
跳ぬる鮎からだに緑流しけり
造園の二人昼寝す顔に帽
つるばらのつるかたくなや花一重
歳歳に河骨さぐる野ざらしか
夕菅のそこよりほかは暮れにけり
埋れ木のふところ廻る尺岩魚
白日へあきつの道の重なりをり
鰯雲たんこぶひとつ脛にでき
かへりみるつかのま蓼の花しなふ
足どりに藤袴寄る夕かな
川を肌と言へば秋の色やはらか
たはやすく白露奪ふ指のはら
霧うごく何ものもみな霧となり
白桃の毛肌隈なく匂ひけり

ずいぶん長い間俳句を書かなかった。なのでそのことを書いた。今は少し眠ることができるようになった。長い一日だった気がする。